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哲学と悟り、ついでに論文「意識と世界の非実在性証明」

哲学とか悟りとかあと個人的な論文みたいななにかとか

意志と世界の非実在証明④

4:区別しない存在はなにもしない

 

さて認識の正体は区別しないとなりました、区別するがあるんだから当然必要

と思われますよね?まあ必要があるから区別したんですけどね

しかし問題がつづきます

区別しないは区別しません、当然区別するも区別しません

区別するを区別しないんだから彼に区別すべき情報を与えません

区別するの大元の区別するべき主体が存在しないことになります

 

一方区別するは区別しないを当然区別できえます区別するんですから

 

つまり区別しないは区別するが存在しなくても存在しうるが

区別するは区別しないが存在しなければ存在できないことになります

 

これは過程Bの認識が区別しているとしてもかわりません

区別するには結局区別しないが必要だからです

区別しないを認識と呼ぼうがどのような言葉を使おうが主観たるあなた=区別する

には必要です

 

しかし主観たるあなたの区別なくしては何ものも存在しえないはずです

区別しえないが存在するのはあきらかにおかしいですよね?

 

いよいよおかしくなってきました、

みなさんもこいつは頭がおかしくなったと思われてると思います

言葉や文章的に問題や矛盾があるのはお許しください随時訂正します

しかし僕は素面です(正常とはいわない)

 

しかしじつはたった一つその問題を解消する方法があります

そうです、主観たるあなたが消えればいいのです

意識および世界が消失する時が来ました

意志と世界の非実在証明③

3:区別する存在は区別しない存在がなければ存在しえない

 

主観たるあなたは区別する存在です

しかしそもそもじゃあ何を区別しているのでしょう

雨や雷やおじいさんや母親は区別なくして存在しえません

しかし区別するということはその前に区別してないなにかが存在してなければいけません

時にはそれは目や耳や手や足、皮膚感覚などでしょう

でもそれらにも区別するまえがあったはずです

究極的にいえばそれは認識であるはずです

(ごめんなさい、ちょっとここらへんから言葉に自信ないです)

(そして一気に直感から離れます、言いたいことからかい離を始めている気もします言葉で表現するのがむずかしいんです)

(だから逃げと思われるかもしれませんが、後で修正するのこみで行きます)

しかし問題がありますそれは区別の前に認識があるとするなら

主観たるあなたの区別なくして認識が存在することになります

ありえるのでしょうか?

それとも認識が主観たるあなたで区別は結果なのでしょうか?

いやおかしいですよね?

それもおかしいですよね?主観たるあなたは区別する存在です

認識は区別しえません認識は区別する存在ではありえないからです認識が区別するならその区別はどこから来ているかわかりません

しかしそれは問題ではありません、仮にここで認識が区別する存在で主観たるあなたである、つまり3者は同一の存在であるとも過程します(過程Bと呼称しますあとでつかいます)

区別するが認識から区別できる情報を得ているだけです

つまり主観たるあなたがどちらに所属するかといえば

おわかりですね、

 

主観たるあなたの正体は”区別する”なのです

そして認識の正体は”区別しない”なのです

 

 

※:区別するより前に認識が存在してるつまり主観たるあなたが区別しなくても存在しているといえる(こういうことでもあります)

しかしそれはもう存在とはいえない(言葉として)と思います(伝えられない)、主観たるあなたはこの場合の認識を区別できないし主観たるあなたの区別なく存在するということは主観たるあなたにとっては存在していないからです

つまり、この場合の認識は存在し存在してないあるしないいるしいない認識という言葉に”区別して”変換することは可能ですが、実際は記述不可能です

しかし、ここが肝でもあります

ここは体感するしかありませんが、この場合の認識にはもはやすべてが意味をなしません うーん、オカルティックなことをいってるわけではないってことだけわかってもらえれば・・・・

ざっくりいえば、これを空想の産物としてとらえても、僕の思い込みとしてとらえてもらっても構いません。論理的でさえあれば

でも、やっぱりここを説明できないと他が何でもありなっちゃいますかねえ・・・

4.8追記

 

 

 

意志と世界の非実在証明②

さて細かいところや疑問は随時受け付けます

どんどん行きます

 

2:主観たるあなたは区別する存在

主観たるあなたが区別するからすべては存在する

わかります、オカルティックですよねwww

存在は自分の存在とは関係なく存在するものと主観たるあなた(読者)が区別した世界が主観たるあなたの世界ですからね

あとデカルトの自意識だろそれってお思いの方もいるかもしれませんね

一部かぶる部分もありますが、これは最後の転倒のためにどうしても必要なので

いろんな哲学者のエッセンスをちょこちょこ入れながら書いてます

ソシュールがとくにこの証明の文章化に影響を与えています

だから〇〇の哲学とこのへん何が違うのっていうのがあれば随時説明します

 

とにかく、主観たるあなたが区別したから主観たるあなたの世界はあなたにとって存在します

はい、ここで”あなたにとって”ってことはやっぱり他者によっては違うの?

って思っていただけたら幸いです

冒頭に戻ります、主観たるあなたの世界にとって主観たるあなた以外に主観たるあなたの視点を持ちえるものはいません

つまり他者の主観視点は主観たるあなたが”他者の主観視点”を区別したから主観たるあなたにとって存在しているのです

すべての存在はあなたの区別なくして存在しえません

 

虹も雷も雨もおじいさんも母親も世界も宇宙も時間も

主観たるあなたの区別なくして例外なく存在しえません

主観たるあなたの存在ですらでもです

主観たるあなたの世界にとって主観たるあなたの区別なくして主観たるあなたは存在できません

いや現に存在しているだろとおもうのは、主観たるあなたの世界といういまここにある概念を読者の皆さんがそれぞれの”主観たるあなたの区別”で区別しているからです

主観たるあなたはあなたのせかいにあなたひとりですあなたしかいない世界であなたの区別なくしてどうやってあなたを認識するのでしょう?

そうです区別する存在がいません

主観たるあなたが区別する存在だからです、かわりはいません

意志と世界の非実在証明①

1:主観たるあなたが区別するからすべては存在する

さてどうですかね、はあ?って思う人もいれば、それは知ってる

っていう人もいるかもしれません

説明します

 

主観たるあなた、つまりゲームでいえば一人称視点ともいいますが

この視点を持っているのはあなただけです

こうお思いですよね、いやいや俺は俺の視点だけど他人は他人の視点持ってるだろ

って

じつはちょっとだけ違うんです

あなたの世界であなたの視点を持っているのはあなただけなんです

当然ですよね、あなたの世界であなた以外にあなたはいないんですから

あなた以外にあなた(クローンという意味ではありませんよ)がいればあなたの視点はもしかしたら2つになるかもしれません

でもそうではない

もう一度言います、あなたの世界であなたの視点をもっているのはあなただけです

これが主観たるあなたです

そしてここからすべてが始まりますが、主観たるあなたが存在しているのは

主観たるあなたが自分を”存在していると区別している”からなんです

厳密にいえばそれは言葉による体験ではないかもしれません

それは問題ではありません、でも主観たるあなたが主観たるあなたを区別するから主観たるあなたは存在しうるのです

少し難しいかもしれませんが細かいところはあとで捕捉するのでここでは簡略化して説明しますね

例えば主観たるあなたがまだ未発達の赤ん坊で母親と自分の区別をつけていないとします

あなたが何かを求めれば母親が与えてくれる、母親は主観たるあなたにとって主観たるあなたの一部として存在するとあなたは区別しています(手や足のようなものです)

いままでの形式やあるいは直感にしたがえば、これは誤認とされるでしょう

でもそれは間違いです

この主観たるあなたの世界で主観たるあなたをもちえるのはあなただけだからです

つまりあなたが母親と自分を同一と区別すれば主観たるあなたにとってそれは主観たるあなたです

主観たるあなたの世界を区別するのは主観たるあなたしかいないからです

母親と自分がわかれるのは主観たるあなたが母親と自分は同一ではない

と区別するまでつづきます

それまで主観たるあなたにとって母親は主観たるあなたの一部として存在します

 

すべてはこの延長線上です

主観たるあなたが区別するから、すべてのものは主観たるあなたにとって存在するのです

緑や赤もあなたが区別しなければただの色ですよね?

もちろん、今のあなたは色も赤も緑も知っています、よって区別しています

だから色も緑も赤もあなたが生まれるまえから存在したし、あなたが区別しなくても存在してるって思っちゃいますよね

そうじゃないんです、色も緑も赤も主観たるあなたが区別する前は主観たるあなたの世界には存在していなかったのです

直感的にはこの論理は突飛すぎると思われると思います

しかしこの問題はまだ続きがあります

じゃあ世界や、肉体や、時間やそして冒頭でいったようにあなた自身の存在は

そうです、すべて主観たるあなたが存在していると区別するから存在しているのです

ありえないってお思いですよね

世界は自分の意志と関係なく存在してるじゃないかと

主観たるあなたが区別する世界とは別に”ほんとうの世界”があるじゃないか

と思いますよね

でもちがいます、そもそもその”ほんとうの世界”はいつ主観たるあなたにとって存在をはじめましたか?

あなたが明確なこれっていうかはともかく、ちょっとずつ自分のまわりの世界を区別していっていつのまにか、「あー世界ってだいたいこんな感じなのね」って区別の体系の結果そこに”ほんとうの世界”を感じたのではないですか?

おわかりいただけますか?

主観たるあなたにとって”ほんとうの世界”を区別し存在させてるのは主観たるあなたの区別なのです

主観たるあなたの区別なくして世界も時間も肉体も存在しえません

すべての存在は主観たるあなたが存在すると区別するから存在しているのです

つづく

意志と世界の非実在証明 序文

こんにちは、初めまして

とりあえずPGZと名乗らせていただきますね^^

 

さて結論から行きますね

僕はどうやら意識と世界の非実在性証明に成功したとおもいます

はい、お願いき〇がいっていわないでwww

もちろん、この結論および過程はあなたの直感の否定を即座に起こすでしょう

特に結論を受け入れられる人はほとんどいないと思います             

でも、ほんのすこしでいいんです、心を空っぽにして

そんなに長い証明でもないのでかるーい気持ちで読んでってみてください

疑問、反論、気楽なコメント大歓迎ですよろしくおねがいします

 

概略をここにまず載せます

一応順序立てて説明しますが細かいところはあとで捕捉するので

とりあえず概略がここ、次の記事に本証明を書きますね

 

概略

1:主観たるあなたが区別するからすべては存在する

2:主観たるあなたは区別する存在

3:区別する存在は区別しない存在がなければ存在しえない

4:しかし区別しない存在はなにもしない

5:なにもしないゆえに主観たるあなたも世界も存在しえない、はじまりがない

6:ゆえに主観たるあなたも世界も存在していない

 

わかります、ありえないってお思いですよね

現にいまあなたは存在してますものね

でも説明はできるんです

それに皆さんが納得されるかどうかはともかく

あとこれは本来言葉にできないものを言葉にしています

いいわけでもありますが、僕のいたらなさのために文のまちがい

矛盾、わかりにくさ、書いたものがあとであれちょっと変えるわ

ってなるかもしれません

そういう意味でこの証明は未完のまま見切り発車します

この証明が正しい、正しくないはともかく、できるかぎり矛盾や間違いが

ないように手助けしていただけたら幸いです

 

PGZ