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哲学と悟り、ついでに論文「意識と世界の非実在性証明」

哲学とか悟りとかあと個人的な論文みたいななにかとか

意識は死なない存在 永久冬眠装置 プレver 2

さて、前話で肉体としては意識は一度消失したはずなのに

同じ状態を再現できれば意識(色)は元に戻るというお話をしました

ここまでくると、空想の力を借りてるのでいささか突飛すぎるとお思いでしょうか?

 

それで、その間、色がどこにいるかというお話をしました

厳密にいえば色は状態にやどるわけですからどこにもいませんが

そのままでは若干誤解を招くので”空”という考え方を最後にお出ししました

 

今回はその空の考え方です

 

空とはすべての可能性です、可能性を内包しなおかつ発現してない状態

それが空です

 

無と違うのは、無はもうなにもありませんが、空は結果次第では色になりうるという違いがあります

 

これを説明するためにひとつの思考実験をご用意しました

一応オリジナルですが、誰かと被ってたらごめんなさい

 

その名も

「永久冬眠装置」

です。

 

ある男(20)が永久冬眠装置という機械に入ろうとしています

この装置はその名の通り、自身の肉体を完全な状態で永久に保存できます

どれだけ果てしない未来でも宇宙の終わりでも、その先の無の空間であろうと

装置は永久に保たれます

男が装置に入る動機は不明ですが、死にたくない、未来が見たい、そのさらに先が見たい、未知のものが見たい、いろいろでしょう、しかし彼が何をのぞんでいるかは話に全く関係がないので割愛します

 

さて男が装置に入って数百億年が経ちました、すでに人類はこの宇宙に存在しません

人類が存在しなくてももしかしたら宇宙人かだれかが装置をあけるかもしれません

さらに数千億年がたちます

さらに数万億年がたちます

宇宙が終焉します(平行状態かもしれないし、収束からのあらたな宇宙かもしれません)

もうこの世界に彼の冬眠装置を開ける者はいません

 

さて、この状態の彼は死んでいるでしょうか?

ほとんどの人が、開けるものがいなく、この状態が継続するのならという”前提条件”を付けたうえで彼を”死んだ”ものとするのではないでしょうか?

 

ここで問題が発生します

 

彼は”いつ”死んだのでしょうか?

 

装置に入ったとき?

人類が死んだとき?

宇宙が終わったとき?

開けられる現実的可能性がなくなったとき?

 

さらに大きな根本的問題があります

そもそも”前提条件としての継続性が保証されないなら”彼は死んでないのでは?

これでは死んでいるか生きているかは開けられるか開けられないかの結果次第で決まることになります

装置が開けられれば、彼は生きている、生きたいたことになりますし

逆に開けられない状態が保証される限り、彼は死んで、死に続けます

 

つまり、この思考実験でわかることは

意識(色)にとって生きているか死んでいるかは”結果論”ということです

そして、その結果が保留されている状態(どっちも起こりうる状態)が”空”となります

 

永久冬眠装置が開けられればそれは”色”が保存されていたことになるし

ずーっと開けられなければ、ずーーっと”空”であり続けます

 

ただ一つ大事なことは”空”は決して”無”にはならないということです

可能性が無になったとき、冬眠装置でいえば箱は開けられたがすでに男はいなかった、でしょうか?

それは”無”という別の”色”(状態)になります無という色の器に色が入った格好ですね

ただ今回は意識の話なので、この別の形の”色”はこういうのもあるよ程度にしてください

 

”空”はあらゆる可能性を内在しそれが発現していない状態

 

これが今回言いたかったことです